宝物にあえるまでの道のり
有限会社のぞみと、新しい介護事業について
愛知県岡崎市で、新しい介護事業のあり方を実践する有限会社のぞみ(以下のぞみ略)は、2005年(平成17年)に代表の水野園美が設立しました。
のぞみ設立から8年前の1997年。水野は、知人の紹介で介護の仕事にヘルパーとして携わるようになりました。在宅や病院での勤務で、水野を待っていたのは過酷な現場です。患者さんは、体が固まったままの人、呼吸器をつけたままの難病の人など、ストレスで血尿が出るほどでした。
しかし、正面から真剣に関わっていくうちに「介護とは何か」「幸せな命の終わり方とは何か」と強く意識し、現場の中でその答えを模索します。そして自身の中でこうありたいという想いが沸々と湧き出ていったのです。この事が、新しい介護事業のあり方を実践する、のぞみの原点となっています。
家族は宝物と確信した日
ワガママなおばあちゃんだからこそ
のぞみ設立前の水野がケアマネージャー時代の話。お世話をした一人のおばあちゃんがいました。そのおばあちゃんはみんなが敬遠するような強烈なキャラです。「あれは嫌だ」「それはしたくない」などワガママな人で、みんながお手上げだったところを水野は辛抱強く向き合いました。
最終的には病院で亡くなり、担当のナースから電話がありました。駆けつけた水野はナースからおばあちゃんからの最期の感謝の言葉を聞き、一緒に泣きながら体を拭いたり、死化粧をしたり、最期はおばあちゃんお気に入りの服に着替えさせました。
おばあちゃんは生前、ワガママ放題。しかし、娘に似た年の水野のひたむきさな姿に次第に心を開き、ちょくちょく電話したり、親密な関係になります。あの時のワガママは何かを試していたのか、甘えていたのか。
心を開いてくれたことが、まるで家族のように思え、なんでも話あえる関係と「幸せな日常の中で最期を迎えさせてあげたい」と強く心に刻んだ出来事です。
カラフルで愉快な人が集まる家
家族と共に最期を看取れる家
私たちが考える新しい介護の形とは「家族と共に最期を看取れる家」だと思っています。家族とは、もちろん入居者さんのご家族の事でもありますし、他の入居者さん同士も家族、そしてスタッフも家族であるという考え方です。
この事は建前でなく、入居者ご本人も、入居者のご家族も、そしてスタッフも自然とそう思い、そのように接している日常があります。
のぞみの施設に関わる全ての人の個性はとてもカラフルで愉快です。それぞれに思いやったり、笑いあったり、時にはけんかもしたりしますが、自然体な自分のままで家族との日常の中で暮らしています。
最期の最期まで家族に囲まれて「自分らしく生きていける家」であることが私たちの願いです。
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